通過駅「予約カタログ」の原風景(銀河鉄道999)
 銀河鉄道999を読んだのは小学生の時。週間少年キング連載分が最初でした。つまりはリアルタイムで読んでいたことになります。ただなにぶんにも15年程度は昔の話なので覚えていることが少ないのも事実でした。999は当時でTV化も映画化もなされた大ヒット作品ですからご存じの方も多いと思いますが、連載が比較的マイナーな雑誌であったので意外と雑誌では読まれていないのではないかと思います。とは言っても私も毎週欠かさず読んでいたわけではなく、たまに目にしていただけでした。2冊か3冊ほど単行本を買った記憶もありますがまぁ年齢的にもそこまでのめり込む内容ではなかったのでいつしか単行本も無くしてそのままになっていました。

 最近はこのぐらいの時代の漫画がいろいろな形で復刻されることが多く、特に999は種類が多い作品の一つです。でまぁ私もその中の一つ、BIG COMICSゴールド版(つまり続編の橋渡し的に刊行されたもの)を揃えました。でまぁ一通り読んだわけです。(刊行はまとめてではなく分割で行われ、それにあわせて購入したので一度に読んだわけではない)そこで気になったのが、最終話「終着駅」の最初のエピソード、「予約カタログ」です。予約カタログのところは、鉄郎がいよいよ機械の身体をタダで貰うのに、その型式を選ぶという話(後述するように実際には選ばない)でかなりクライマックスが近いことを感じさせます。案内人であるメノウからカタログを受け取り、見るのを迷うシーンは大変好きなシーンの一つなのですが、問題はその後。鉄郎はこの旅で機械の身体(永遠の命)そのものに価値を見いださず、限りある命の大切さに気づきます。そこでこのカタログを列車の窓から「くそくらえ!」と投げ捨てます。私はこのシーン、記憶では見開きでしかも列車が機関車まで見えてるような角度(カメラが列車の右手後方から斜め前向き)のイメージでした。実際にはこのシーンは鉄郎の乗った車両の真横あたりにカメラがあるような角度でコマは大きくてもページ半分程度です。書き直したということも考えられますが、単に私の記憶違いでしょう。

 ただ、この記憶違いにはそれなりに面白い意味があると思います。いかにこのシーンが印象深いかを示しているように思うのです。この物語は鉄郎個人に関してはこのシーンまでで主題は完結しています。機械の身体はいらないと鉄郎自身が判断してるわけですから。私にとっては、最後のメーテルとの別れのシーンよりもよほど印象に残る話だったわけです。

 ところで、漫画のキャラクターのイメージというのはどこか1点で記憶されてしまうものらしく、キャラクターの雰囲気や質(単に絵がうまくなっていく場合もあるが)が数種類あるような場合でも、複数のイメージを持っていることは極めて少ないようです。ただ、鉄郎の場合はあんまり変わりませんから例にならないですね。(でも、メーテルはだいぶ変わるからどこかにイメージがあるのかも・・・・)


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000584 <2001/08/18>